秋田地方裁判所大曲支部 平成4年(タ)5号 判決 1993年12月14日
主文
一 被告は、原告に対し、二〇万円及びこれに対する平成五年九月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
理由
第一 請求
被告は、原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成四年六月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 中華人民共和国(中国)国籍を有する原告が、日本国籍を有する被告と結婚したが、離婚及び慰謝料を求める裁判を起こし、その後調停により離婚した。本件は、離婚の原因は専ら被告にあるとして、民法七〇九条により、離婚に伴う慰謝料を請求した事案である。
二 当事者間に争いのない事実等
1 原告は、一九六五年(昭和四〇年)一二月三〇日、中国四川省成都市において、父乙松夫、母丙春子の間に出生したが、幼少の頃父母が離婚したため、叔母丁梅子に引き取られて養育された。
2 被告は、昭和三〇年一月八日、秋田県仙北部長野町において、稲作農家を営む父甲野竹夫、母甲野ハナの長男として出生し、本件婚姻当時は本籍地である同郡仙北町に住んでいた。
3 竹夫は、「日中友好文通の会」を通じるなどして原告と文通を重ねた後、被告を紹介し、原告と被告は、平成元年二月頃から文通を重ねて結婚の合意に達し、同年八月、両家族の承諾を得て縁談が成立し、被告は、原告側に結納の金品を送つた。
4 平成二年一一月、被告は竹夫と共に中国四川省成都市を訪れ、同月二六日、原告と同国四川省の方式に基づいて婚姻し、同年一二月八日には被告の本籍地である仙北町に証書を提出した。
5 原告は、平成三年四月八日来日し、被告と共に東京、鎌倉方面を旅行した後、被告肩書き住所地で、竹夫、ハナ、祖母ハルと同居して被告との婚姻生活に入り、原被告は、同年六月三〇日、日本での結婚披露宴を行つた。
6 原告は、同年一二月三〇日、竹夫の制止を振り切り、玄関前の雪の上に仰上けとなり、「助けて」等と大声をあげ、手足をばたつかせた。被告は説得を試みたが、原告はこれに応ぜず、一人で大曲警察署へ行つた。同署係員は帰宅するように勧めたが、原告はこれを拒否し、戊田夏子の迎えを受けて、同女宅に向かつた。以後、原告は被告の許に戻らず、別居となつた。
7 原告は、翌三一日、病院を訪れて診察を受け診断書を受領した。その後、原告は、秋田市に行き、甲田一郎と接触し、秋田大学留学生会館での忘新年会に出席し、アキタパークホテルに泊つた。また、翌年一月三日、レジャーランド「ザ・ブーン」にも行つた。戊田宅には同月六日に戻つた。
8 原告は、原告代理人を通じて、秋田家庭裁判所大曲支部に離婚と慰謝料の支払いを求める夫婦関係調整の調停を申立てた(平成四年(家イ)第一六号)が、被告は、窃盗及び暴行を否定して円満同居を主張し、結局、平成四年四月二七日、合意の成立の見込がなく終了した。
9 原告と被告は、平成五年九月一七日、秋田家庭裁判所大曲支部における調整により離婚した(平成五年(家イ)第六一号)。
三 争点
原被告の婚姻生活の破綻は、専ら被告の暴行と窃盗の常習性とによるのかどうか、これを肯定した場合、慰謝料額をどの程度とすべきか、その際、中国と日本との物価水準の違いは慰謝料の算定の一事情となるかどうか、である。
第三 争点に対する判断
一 離婚慰謝料の有無及び算定における考慮事由
1 原告に対する暴行について
(一) 原告は、被告及びその家族から度重なる暴行を受けた、特に、平成三年一二月頃の暴行により、右下肢・左上肢・頭部に打撲傷を受け、更に皮下出血・圧痛を呈した、と主張する。
(二) 《証拠略》によると、以下の事実を認めることができる。
(1) 原告は被告から平成三年一一月ころに暴行を受けた。これは、原告が自分宛の電話に急いで出る為に部屋のドアを開けたままにしたことを被告が注意し、これに原告が反発したことから、被告で手拳で原告を殴打し、髪を引張るなどの暴行を加えたものであるが、原告は格判治療も受けなかつた。原告は、戊田に対し、被告が原告を愛しているから加えたものと、好意的に話した。
なお、この件は、被告が電話機を窃取する一因ともなつた。
(2) 原告は被告から同年一二月二八日の暴行は、被告が原告の質問に答え、成都市は「地方」だと答えたことから口論となり、結局被告が原告の腕・足などに暴行を加えた。その後、原被告の態度の不自然さを心配した竹夫が、同月三〇日、原告と話をしようとして居間に来るよう腕を掴んだところ、原告は前記の行動となつた。
被告からの暴行による負傷の程度は、湿布、飲み薬などで足りる程度のそれ程重大なものではなかつたが、原告は、翌日被告から受けた暴行の結果を残すことを意図して町立田沢湖病院で診察を受けた。そして、前記の通り、原告は秋田市へ出掛けて行つた。
(三) 原告は被告から度重なる暴行を受けたと主張するが、被告の暴行は以上の二回についてのみ認める事ができる。この点についての原告の供述は採用できない。
2 被告の窃盗の常習性について
(一) 原告は、被告及びその家族の者が、秋田県大曲市周辺のデパート、スーパーマーケット等で、鞄、靴、カセットデッキ等を多数回にわたり窃取することを目撃し、更には、被告から盗みを手伝うように要求もされ、ショックを受け結婚生活に絶望した、と主張する。
(二) 《証拠略》によると、以下の事実を認めることができる。
(1) 原告は、平成四年五月頃、甲田一郎と共に大曲警察署を訪れ、被告はかなりの店舗から泥棒をしている旨申告した。これにより警察の捜査が始まり、その結果、被告は一一回にわたり一二点合計約二七万円相当の商品を窃盗(万引き)していたことが判明し、同年七月一六日、懲役一年一月三年間執行猶予の有罪判決を受けた。
(2) 原告は物質的要求が強く、しかも高価なものもあつたが、被告にはこれに答えられるだけの資金的な余裕がなかつたことから、被告は原告に不自由を掛けさせたくないため、原告の欲しがるままに、あるいは原告に必要と考えられる商品の窃取を繰り返した。右窃盗中には自ら使用する必要に迫られて窃取した物はない。
(3) 被告は商品を窃取する店に原告を同行したことがある。その際、被告は原告に現場を見られないよう遠避けていたが、原告は、平成三年六月中旬ころの腕時計及び同年一一月下旬ころのハイヒールなどの各窃盗を目撃した。その他、原告は、被告から渡された物のうちには盗んだ物も含まれていることを予測していた。
(4) 原告は、平成三年一〇月頃、戊田と電話で話したり会つたりした際、被告が、時計、電話機、カメラなどを盗んだことを話し、盗みは悪いことであるから止めて欲しいとの心情を漏らしていた。
(5) 被告は、平成三年夏頃、大曲市内の店舗から自動車の座席カバーを窃取して警察官から取り調べを受け、注意されたことがあつた。
(三) 以上の事実によると、被告には窃盗の常習性は認められないにしても、商店から商品を万引きし、これが為に原告に止めて欲しいとの気持ちを持たせていたものというべきである。
3 その他の慰謝料の算定に当り考慮した事由
《証拠略》によると、以下の事実を認めることができる。
(一) 原告と被告が法律上の夫婦であつた期間は、平成三年一一月から同五年九月一七日までの約一年一〇箇月間であるが、同居した期間は平成四年四月からの約八箇月間である。
(二) 原告は、被告及びその家族に対し、「暴行、虐待を受けて追出された、被告の家族みな泥棒、被告は性的不能者だ。」などと言いふらしている(このような事由が真実であるかどうかを問わず、言いふらすことは許されない。)。
(三) 被告は、原告の要望により、原告の両親らに衣料品、時計、灰皿などを送つている。
(四) 被告は、原告の物質的欲望を満たすためなどに、貯金を使い果たし、更に所謂サラ金から借財をしていた。平成三年一二月末頃の元金は三〇万円程度であつた。
(五) 被告は、原告に農業経験がないことから、農作業を時間をかけて覚えてもらうこととし、来日当初である平成三年では、殆ど見学ないし補助程度であり、被告は、主に家事、炊事などを分担した。
(六) 被告は、結納金品の費用、原告への送金、被告及び竹夫の中国訪問費用、原告の来日費用、原告の為の婚礼家具、結婚披露宴費用など、相当多額の費用を負担した。他方、原告の支出した額は明らかではないが、被告支出額を相当下回るものであつたと推測される。
(七) 原告は、平成四年九月二八日の原告本人尋問終了後帰国し、以後中国で生活している。
4 以上の1、2の各事実によると、夫婦間の暴行はそれ程重大な状況にあつたとは言い難いし、また窃盗事件自体も被告は常習であつたとは言い難いところであるが、婚姻して中国から単身来日、被告以外に頼るべき者のいない原告の立場からすれば、これらの事由により相当のショックを受け、婚姻生活に失望し、離婚を求める気になつたとしてもやむをえないものと考えられる。従つて、被告は原告に離婚を伴う慰謝料を支払うべき義務がある。
そこで、その場合の慰謝料額についてであるが、前記1ないし3で認定したところによると、慰謝料としては、二〇万円とすることが相当である(なお、付言するに、離婚慰謝料は、離婚したことにより受けた精神的苦痛を慰謝するものであるから、離婚した者がどの地で慰謝料を費消することが予定されているか、いい換えると、離婚を求めた者が離婚当時どこで生活していたかを考慮することは当然である。)。
三 遅延損害金の起算日
原告の本件慰謝料請求はいわゆる離婚慰謝料の請求であると解されるのであるから、離婚した日からその請求権が発生し、かつ遅滞に陥ると解するべきである。本件の起算日は、平成五年九月一七日である。
四 結論
原告の被告に対する民法七〇九条に基づく慰謝料の請求は、二〇万円及びこれに対する調停離婚の日である平成五年九月一七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅滞損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(裁判官 長久保守夫)